乳流るる里をめざして
―酪農を中核とした里づくり―

広島県佐伯郡湯来町                    
広島市農業協同組合砂谷酪農部会
(代表 植田 明義)

1 地域の概況

広島県佐伯郡湯来町は、広島市より西北3 0 k mに位置し、温泉の町として知られ、多くの湯治客が訪れている。
年平均気温は1 2 . 6℃、年間降水量は2 , 5 2 3 m m、標高3 8 0mで、近年は交通機関の発達により都市近郊農業地域の色合いが強く、新鮮で美味な食料の供給地としての農業の発展が期待されている。
温泉を柱とした観光と有機的な連携を保ち、あわせて地域特産品の振興をはかっている。
町の総面積は162.87Km2。このうち94.7%が山林で、田・畑は3%である。
平成1 2年生産農業所得統計に基づくと、主な農産物の年粗生産額は5 6 0百万円、そのうち米210百万円(38%)、生乳140百万円(25%)、肉用牛40百万円(7%)である。
平成1 4年2月1日現在、畜産は、乳用牛6戸(経産牛2 0 8頭、育成牛6 6頭)、肉用牛の繁殖農家7戸(成牛49頭)、肥育農家3戸(315頭、和牛・F1)である。
なお、この他の主な農産物としては、トマト、キク、タラノメ(山菜)があげられる。

図1 湯来町砂谷地域の位置

2 地域振興活動の内容

1)活動の背景
ここにおける現在の地域活動の母体は、広域合併したJ A広島市農協の一角で古くから活動してきた砂谷酪農部会である。当部会は主に広島市に隣接する湯来町砂谷地区において、酪農を営む6戸(平均成牛飼養頭数33頭)で構成されている。
 さて、この部会の地域振興活動を語るとき、「砂谷酪農」あるいは「砂谷牛乳」の名は、今ではこの名が当地域にとどまらず、広く知られるところとなってはいるが、創業の師ともいうべき1人のリーダー「久保政夫」氏について、まず話しておかなければならない。
 久保氏は、大正初期、文学を志し上京したものの、体調を崩したことにより健康回復のためによく口にした牛乳に注目して農業に転身、縁あって伊豆七島の八丈島において乳牛飼育を始めた。しかし、故郷に残る末妹の死を契機に、氏の婦人と2 3頭の乳牛とともに帰郷し、ここ砂谷の地で、「乳流るる里」を夢みて酪農をはじめるところとなった。昭和1 6年のことである。
 地域で久保氏は「酪農とは、草を乳にかえる農業である」と唱え、この考えに賛同する周辺の農民は、1人、2人と役牛を乳牛へと代え、砂谷酪農が育っていった。戦争が激しさを増す最中の昭和1 9年には、6 8戸により砂谷酪農組合を結成。終戦間もない2 5年には他に先駆けて牛乳処理施設「広島ミルクプラント」を建設し、直販もすることによって生産から消費までを自らの手でやる礎を築いた。昭和3 8年には現砂谷株式会社の前身である砂谷酪農有限会社を設立した。平成2年、これらの先導役を果たした久保氏は没したが、酪農を核にし、地域の特産品としての生乳・乳製品をつくりあげ、消費者と深い繋がりを築き、乳業関連事業における地域の雇用を促進するなどして、今日に至っている。 この久保氏の精神を受け継いだのが砂谷酪農部会であり、同部会は「砂谷酪農」の長い歴史の中でこれまで幾多の変遷を経たものの、一貫して「安心して飲めるおいしい牛乳を消費者に提供する」「自分達で生産した牛乳は自分達で販売する」という理念をかかげ今日まで活動してきたのが大きな特徴である。
2)活動の特徴
(1)土づくり、草づくり、牛づくりを基本理念として土地利用型酪農を構築
久保氏の教えもあり、「牛乳つくりは草づくりから」「草から乳を搾る」の考えは、部会メンバーに早くから引き継がれ、自ら粗飼料を栽培し、確保することに努めてきた。
 しかし、地域は山間部に位置し、耕地が狭く傾斜地が多いため、大型機械を用いて粗飼料を栽培することは条件的に不向きなところである。そのため、湯来町の阿弥陀山の山麓を開発し、草地化しようということで話がまとまり造成されたのが古塚牧場共同利用草地である。この運営のために結成されたのが、同部会の下部組織として位置づけられている古塚牧場共同利用組合である。 
古塚牧場共同利用草地

昭和59年に湯来地区農業公社牧場設置事業により整備。


草地造成改良面積6.2ha

飼料畑造成改良面積1.2ha

避難舎5棟・334.1u  

飼料貯蔵施設3棟・79.5u

牧草用機械施設1棟・97.2u


総事業費157,045千円


 同組合が共同草地を運営することにより、一層、粗飼料の確保が容易となったばかりか、安定的に飼料が得られるようになり、経営に貢献するところとなった。また、それだけでなく、自家の粗飼料基盤に加え、このように土地基盤が充実したことにより、昨今、課題となっている排せつ物を巡っての土地還元の課題も比較的緩和されており、酪農が土地に根ざすことの大切さを改めて教えられるところとなっている。
なお、共同作業により酪農家個々の結束も強まり、また、コミュニケーションも図られることから、同じ仲間が切磋琢磨する好機ともなっている。さらに加えるなら、土地資源の荒廃が各地にみられる状況のもとにあって、共同草地の活用は地域の環境を保全するうえで有効に機能している。
同組合の牧場の運営方法等
@共同作業労賃の算定単価:1時間1,000円。
   個人所有を利用した場合は、1時間単位で精算(一部の機械は、金額が変わる)。
A牧草の配分:各人均等配分(農地の所有面積、飼養頭数等に関係せず)。
B経費の負担:同上。
C牧草が不足した場合の対応:次回において調整。
D牧草の提供形態:ロールベール。
E牧草の生産コスト:1kg5円。
共同利用組合の運営の特徴
@リーダーが信頼を得ている。
A機械を使う者、機械の入らない隅々を手刈りする者、作業道路を整備する者など、能力に応じて役割分担がされ、共同作業の合理性が機能している。
B常に作業記録などの物事を記録することが習慣化しており、その結果、データに基づく管理がされている。
C経理の精算等、重要な場面では農業改良普及員が関与し、第三者のチェック機能が働くよう配慮されている。
D有効で必要な補助事業は取り入れ、支援団体を活用している。例えば、県畜産協会のコンサルテーションなどを受け、経営の成果・改善事項等を検証している。
E町・県等の行政機関をはじめ、JAなど関連機関などのサービスを有効に活用している。
以上のような運営により、20年近く継続されている。

(2)堆肥を介しての地域農産物の産地形成を支援
地域は水稲作農家から供給されるイナワラと堆肥とを交換し、相互に有効活用するほか、トマト、キク、山菜のタラノメなど広島市をひかえた近郊野菜の供給地でもあることから、これら耕種農家とも早くから連携し、土地還元を図っている。
これらは一旦、結びつきをもてば、各農家が独自に結合を強め、慣行的に進められるものである。
そのため、必要に応じてその契機をつくるための機能を酪農部会が果たすこととしている。すなわち、有効資源たる家畜排せつ物を介して物的な循環を図る立場から、また、自ら営む酪農以外の地域における夫々の農産物の産地形成に相乗的な役割を果たすように心がけて取り組んでいる。
(3)堅実経営の相互努力
部会の構成員には、いずれも無理をしない、身の丈にあった経営をすることで生活の糧を得ていこうとする経営理念が根づいている。これも久保氏の教えといえよう。競って増頭、投資をし、いわゆる「近代化・合理化・省力化」はしたものの、今、その付けに追われるのとは違い、仲間の結束を強め、経営を巡る状況を常々よく話し合い相互に刺激しあうなかで、頭数こそ中規模(平均33頭)であっても、経営内容のそれは堅実を極めている。
各経営においても、規模拡大に執着せず、自ら粗飼料の自動給餌機を手づくりし部会員内で普及させるなど創意工夫している。このことにより飼養管理の省力化をはかり、ゆとりを持った経営となっている。このような着実な経営が図られたのも仲間の団結によるところが大きい。
(4)プラントを通じて結集、ブランドを確立し、地域の特産品として地位を確立
酪農部会と共に活動の中心を成すのは久保氏が取り組んだ事業の代表でもあるが、「砂谷牛乳」を生産する砂谷株式会社である。当法人の組織形態は株式会社であるが、そこに出荷している部会員は自分等が作り上げた会社であることの自負がみなぎっている。今は部会員が生産する牛乳はもちろん、地域外の酪農家も巻き込んで、他からも集乳し、地場産品として、砂谷ブランドを確立するに至っている。
「砂谷牛乳」の値うちは、「生産者の確固たる酪農哲学」が結実したものであり、これまで砂谷酪農の歩みの中で培われてきた生産者の信頼の証しととらえている。
特に酪農家が「自分で生産したものは自分で販売」を体現すべく宅配までする活動は、他に容易に真似ることのできないものであろう。このことによって消費の動静を知り、商品の差別化や独自販売による高付加価値の確保が図られたほか、酪農家自らの手により市場戦略をたてられる強みを実証してみせている。P B(プライベートブランド)として販売する低温殺菌牛乳はそうした中から開発した一例といえる。
(5)酪農を通じて地域と共生しようとする日常努力
酪農部会がこれまで、系統的に取り組んできたひとつは、酪農が地域に交わり、地域に根差すとともに、生産する牛乳を通じて地域の発展に貢献しようとしてきたことである。そのいくつかを挙げよう。
 @消費者との交流
砂谷株式会社と共催で「おいしい牛乳フェスティバル」を開催し、これらの催しは可能な限り部会の子供を含めた家族全員が協力し取り組むようにしている。地域の人々と交わり交流することで相互理解が深まり、酪農を知ってもらう良い機会だからである。こんなことが過去にあった。野外でのイベントは、天候に左右されやすい。ある時、前日が雨のため止むを得ず中止を決定したが、当日、中止を知らずにお客さんは訪れた。これを見かねた酪農家は急遽集合し、イベントを計画通り実施することで大いに喜ばれ、そのことによっていまなお交流が続いている例だ。こうした催しは、とかくその場限りの一過性のものになりがちであるが、これらの対応の積み重ねこそが大切なことを学んだ。今では地域のイベントとして、その名も知られ地域の一行事として定着している。また、広島市内にある直営店「ひろしま夢ぷらざ」へも出店を行い部会員自ら「砂谷牛乳」のPR活動も盛んに行っている。平成1 4年度からは、広島県が行っている「ゆとり・発見・感動」の体験をテーマに展開する交流事業「中国山地やまなみ大学」で講座を開き、酪農部会女性部が「手づくりアイスクリームとバター講座」を行った。8月と9月の2回の開催であったが、それぞれ5 0名の参加者があり、アイスクリームやバターの製造体験を行い参加者には非常に好評であった。最近における酪農部会の交流活動の範囲は湯来町内にとどまらず広範囲におよび、交流活動を通して「砂谷酪農」は湯来町の主要産業としての位置付けを確固たるものにしている。

 A中学生による酪農体験学習
中学校、PTA、酪農部会の三者は、話し合いを行い、事故のないことを一番にして中学生を対象に酪農の体験学習を実施している。農村部にあっても、最近は酪農がされていることも、牛にふれることもないのが実態である。これら生徒を対象としての催しである。参加した中学生の中から将来の酪農後継者が生まれればとの期待もこめて、何より若い人たちが、農業、とりわけ生き物を身近に体験することで、自分の生まれ育った町の一つの産業を知り、理解をもってもらえればとの願いを込めての取り組みである。部会としては故郷である地域をより深く知ってもらうのも重要な役割と考え取り組んでいる。
 B学校給食に供給
今日、畜産物等の安全性が問題視されるなか、部会員の「安全で本当においしい牛乳を子供達に飲んでもらいたい」との思いから酪農家が1本6円を負担して湯来町の学校給食へ牛乳を供給して地産地消の一環となっている。
3)地域振興に寄与した点
砂谷酪農の先駆者である久保政夫氏の酪農哲学を継承し、5 0年以上のながきにわたってこれを堅持し、ブランド牛乳の産地を興し、地域農業や地域住民とよく連携して地域経済と社会の活性化に大いに貢献した。
@土づくり、草づくり、牛づくりを基本理念にして土地利用型酪農を構築し、物的循環を通して地域農産物の産地形成を支援した。
A無理をしない堅実型(無借金、投資抑制)の中規模家族経営で安定した持続性のある経営づくりに成功し、それをもって団結力と主体性の強い酪農集団を構成している。
B高品質自主販売で消費者と直結することを理念として、久保氏が設立した牛乳プラントに集結し、さらには地域外の酪農家をも巻き込んで、「砂谷牛乳」のブランドを確立し、商品差別化、独自販路に挑戦して、酪農家の手による市場戦略が可能であることを実証した。
以上のような諸活動を通じて、酪農を観光(温泉地)と並ぶ産業に発展させ、地元経済に大きな波及効果をもたらしている。
4)活動の実施体制

5)活動の年次別推移
年 次 活動の内容等 成果・問題点等
昭和16年

昭和19年

昭和25年


昭和32年

昭和38年




昭和58年


昭和59年
 〜現在

平成元年
〜現在

平成5年


平成7年
〜現在

平成10年
〜現在

平成12年


平成13年


平成14年
久保政夫氏が夫人と共に23頭の乳牛を連れて帰郷

酪農家68名で砂谷酪農組合を結成

砂谷酪農業協同組合設立
組合直営の広島ミルクプラントを建設

広島県西部酪農業協同組合連合会と合併・加入

広島県西部酪農業協同組合連合会を脱退
同時に砂谷酪農有限会社を設立
久保農場内に牛乳処理工場を建設


湯来地区農業公社牧場設置事業に取り組む


古塚牧場共同利用組合を結成


「湯来町ふるさとまつり」参加


町村合併により現広島市農業協同組合砂谷酪農部会となる


中学生による酪農体験学習始まる。


砂谷乳業と共催で「おいしい牛乳フェスティバル」を開催


共同利用堆肥舎の設置


学校給食へ町内産牛乳を供給開始。


「中国山地やまなみ大学」の講座を開講。
砂谷の地に酪農が始まる。



生産者による宅配が始まる。




本格的に生産から流通まで行うこととなった。




草地造成改良6.2ha、飼料畑造成改良1.2ha、避難舎(5棟)、
飼料貯蔵施設3棟。

粗飼料の共同生産、飼料コストの低減、共同作業による合理化。


まつりが始まった当初は、酪農家が中心となって企画、運営。





 子供たちの「生きる力」の醸成。


消費者との交流を深め、地域産業への理解をはかる。消費拡大。


地域循環型畜産業の確立


酪農家が1本につき6円負担。年間で84万円を酪農部会として助成している。


3 地域振興活動の波及効果の可能性

この組合をモデルとして、生産者自らが行う加工・販売事例が県内5事例まで広がっている。広島県のホームページでも「がんばる産地」として古塚牧場共同利用組合が紹介されており、研修会等でも当組合の活動が紹介されている。
共同利用のあり方についての留意点については、前述したが、主要なポイントとして、信頼されるリーダーがいること、また、第3者が役割の一部を担うことが重要であり維持発展に繋がるものと思われる。

4 今後の活動の方向・課題等

粗飼料生産をすることで低コスト化を図り、良質堆肥をより一層供給し、地域振興に貢献するとともに、家族経営のメリットを生かし、ゆとりのある酪農経営を継続する。

5 活動に対しての地元の評価

(広島県広島地域事務所農林局地域営農課長)

当酪農部会は、話し合いを基本に数々の課題が解決され地域に貢献するまでに成長した。その大きな要因としては、研修等による酪農技術の向上と、簿記記帳に基づく計画的な事業導入であり、部会全体としての経営レベルの向上が図られたことによるものである。
一番の成果は、後継者が着実に育っていることである。今後も、技術(酪農、加工)、経営、生活とあらゆる点でご支援をさせていただく。
畜産大賞授賞式風景
(植田会長、木村さん、久保さん)

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